月光の影
我々が地球連合軍の月面基地ルナベース6から脱走しようとすると、追跡部隊が行く手に立ち塞がった。
部下の命を守る為には、戦うしかないと判断した。
地球連合軍の部隊は輸送艦1隻、2機の戦闘機と偵察機、補給機などで構成されているようだ。それほど大きな戦力ではない。
おそらく我々を追跡するために急遽発進したのだろう。
私は部下に戦闘準備の命令を出した。
***
軍法会議後、護送される途中で訪れた脱出のチャンス。
生き延びるには立ち塞がる敵を破壊するしかない。
勝利条件は、敵旗艦の破壊。条件はこちらも同じ。
“敵軍”によって宇宙機雷の敷設された空間での戦闘となる。
この戦闘宙域に留まるのは25分程が限界。
それ以上長引けば、おそらくは敵の増援も到着する。そうなるともう泥沼だ。
正式名称 | 通称 | 艦長 | 旗艦 |
---|---|---|---|
GZCS-05C | ヨルムンガルド級・改 | ティエルリア・W・カーディス | ○ |
正式名称 | 通称 | 小隊名 | 小隊長名 |
Rwf-9A | アロー・ヘッド | 葵隊 | 真銀堂透流 |
Rwf-9A | アロー・ヘッド | 桔梗隊 | 一寸木桜子 |
Rwf-9A | アロー・ヘッド | 合歓隊 | 東雲柚香里 |
R-E1 | ミッドナイト・アイ | 香子蘭隊 | 桐風紅葉 |
TP-02C | POWアーマー | 桜桃隊 | 峰中海鳴 |
Stop your ship, or we'll attack!
≪停船せよ、さもなくば攻撃する。≫
追跡部隊からの決まり文句のような警告を聞きながら、旗艦からデコイを射出するよう指示を発した。指定された箇所に寸分違わないダミーの母艦が投影される。これは、機銃程度しか武装のないヨルムンガルド級にとって、唯一の身を護る手段であり、最大の攻撃手段でもある。
「…って、なんで一緒に出撃してるんですかドリ…真銀堂先輩」
「データリンクで、私の機にも旗艦と同じ情報が届いています。指示出しに支障はありませんわ。……ところでドリ、なんですって?」
「いえいえいえ、そういう問題でなく!仮にもハイジャックしてきてるわけですよね?なのに、艦空けるってのはどうかと…」
「そう思って、あちらにはクレスを残しているでしょう? それを言うなら、柚香里さんや海鳴さんやあなたに、隊を任せて出撃させてる時点で何を今更、ですわ。今はとにかく索敵を怠らないように。サボタージュは後で抉りますわよ?」
懐かしささえ感じる通信のやり取りを終え、部隊を展開すると……ざっと眺めて、七箇所の機雷原。
進路を確保するのに必要な分だけ、機雷を取り除いて進軍する。
先程発生させたダミーの母艦を先行させ、“本物”は遅れてそれに続く。
「あれ?この機雷、爆発しない…?」
追尾ミサイルを使った、些か乱暴な撤去作業に勤しんでいた一寸木中尉の呟きが、回線に乗って飛び込んできた。本来なら、諸共に爆発してもおかしくない機雷との距離にぎょっとしながら…。
「おかしいですわね…連合の兵器カタログには、隣接して静止したユニットに反応して起爆する、って書いてあったのですけど。」
「それはマイン02じゃない?これはマイン01だって。」
「起爆こそしないものの、“敵ユニットに隣接”している状態扱いで、捕捉はされるし移動時にもZOC*1が有効みたいですわね。」
「…やっぱり壊さないと先に進めないわけね。」
「反応して自爆するなら、いっそ簡単な処理もあるんですけどね…。」
同期の気安さでそんな言葉を交わしながら…敵影が見当たらない侭、2分が経過した。
地球連合軍の同程度の規模の部隊である。おそらく部隊構成はそっくり同じものだろう。
そうなると自然、戦術も似通ったものとなる。
偵察機が先行し、その広い索敵範囲に捕捉した敵を、続くアローヘッドが叩く。
お互い、同じ事を狙っていると考えて間違いない。
この世界の戦争は、まず相手の“目”を潰す事がセオリーとなる。
捕捉無しには攻撃目標にする事は出来ず、反撃する事もできない。
偵察機以外の機体でも索敵範囲は存在するが、それは比較にならないほど狭い。
それでも機影を発見するには敵陣深くに潜り込む必要があり、こちらは悠々と、無防備に飛び込んできた相手を料理する事が出来る。
戦端を開いて3分めが過ぎようとしたとき、旗艦から鋭い警告が飛んだ。
「透流さま!敵影を発見しました!五機編隊のミッドナイト・アイ、敵偵察部隊と思われます!」
全体回線で透流さまって……私は、赤面するのを感じながら回線を開き。
「グランフォート中尉、作戦中は私の事は大佐と呼ぶように。」
こほん、と咳払いすると、改めて回線を開く。
「……ダミー艦は、救援信号を出しながら前方へ。ミッドナイト・アイは一機も逃がさず、ただちに殲滅なさい。」
戦場を俯瞰視した図上に、敵偵察部隊の位置が表示される。
こちらのアローヘッドから追尾ミサイルが降り注ぎ、敵偵察機の円盤状のレドームを粉々に打ち砕く。
それと時を同じくして、
「大佐!敵アロー・ヘッド、ダミー艦と接触! ──波動砲、来ます!」
意図的に突出させたダミー艦は、狙い通り敵に発見されたらしい。
戦艦の主砲にも匹敵する、破壊の閃光が艦を激しく打ち据え、撃ち抜き、一瞬で航行能力を奪い去った。
強奪された輸送艦が救難信号を出していようが、皆目意に介した気配もない。軍の強硬派の専横は私が思う以上に深刻なようだ。現在の状況を、端的に理解して貰うための小芝居じみた一計を案じたわけだが、意外な事に旗艦でも、僚機からも、動揺した気配は感じられなかった。
もしかしたら、少将が輸送艦の艦長に甘んじている事は、私と似たような事情かもしれない──なんて思いが、頭の片隅をふと過ぎった。
──おっと。
「──クレス! ダミー艦に自爆信号!」
「了解ですのっ」
敵戦闘機が離脱する前に、すかさずダミーを爆破させた。武装を持たないダミーユニットの唯一の攻撃手段が、遠隔起動できるこの自爆機能である。周辺ユニットを爆発に巻き込み、大きなダメージを与える事ができる。不用意に突出した彼らは、手痛い教訓を味わっただろう。
偵察機と、戦闘機を一小隊ずつ片付けた。ここまでで4分。まずまず順調と言っていい。
残りの戦闘機を片付けて、敵の旗艦を沈めれば私達の勝利となる──少なくとも、この局面では。
ヨルムンガルド級は、波動砲一発で撃沈される事も充分にあり得る、脆弱な艦だ。
苦し紛れの波動砲に、艦橋を吹き飛ばされる──なんて、笑えない展開を赦す心算はない。
最後まで気を緩めず、機影に意識を尖らせながら
私は、全隊に前進の指示を下した。
***
連合軍追跡部隊を撃破
地球連合軍の艦船を撃破した。
部下達は一様に安堵の表情を浮かべていた
私はかつて同僚であった地球連合軍を撃退してしまい…
取り返しのつかないことをしてしまったと後悔した。
この戦いで判った事は、私が思っているよりも部下達は私を信頼してくれているということだ。
しかし、これからどうすべきかよく考えなければならない。
今回の戦闘で、一寸木中尉が重傷を負ってしまった。
今は処置を終え、眠りについている。
一命はとりとめたが、このまま我々と逃げ続けるのは難しい状態だ。
我々は思案した結果、一寸木中尉を彼女の故郷である地球へ送り届けることにした。
⇒出発する
*1:敵ユニットと隣接すると、強制的に移動が終了させられる事